なってからでは遅い。転ばぬ先の杖。

彼は8時半に社宅を出る。

トヨタの社宅だ。
もう40年物の昭和の間取りの社宅。
エレベータはない。

駅までは、10分の距離だ。
しかし、電車に乗る25分前に家を出る。
彼の歩みはゆっくりだ。

左手左足が不自由なのだ。
左手はかたまってほどんと動かない。
左足は突っ張っていて動かしにくい。

右手にはステッキ。
左足を出した時のバランスとり用だ。

一歩一歩バランスを崩さないように、
突っ張る左足を出していく。

どうしても、道の真ん中を歩いてしまう。
端は凸凹して歩きにくい。
車も止まっている。

そして、いつも後ろから車が来て、
いらいらした感じが伝わる。

まるで「なんで真ん中歩いてんだよ!」
って言われているかのようだ。

それでもさっとはよけられない。
左半身まひのためだ。

電車に乗って20分。
新宿駅に到着する。

職場は歩いて10分だ。
しかし、歩みがゆっくりの彼は20分かけて到着する。

職場は、トヨタの子会社。
日がな一日、事務作業をしてのんびりすごす。
58歳の彼には、出世した本社勤務の同期がいる。
また脱サラして、投資で食べている同期もいる。
そういう生活は夢のまた夢だ。

5年前のあの日だった。
あれは突然襲ってきた。
ものすごい頭痛とともに、
吐き気がして、力が入らなくなり、
意識を失った。

脳出血だった。

一命はとりとめたものの、
左半身にまひが残った。

高血圧、脂質異常、高血糖をほったらかした。

医者になんといわれようと、
産業保健師になんといわれようと、
妻になんといわれようと、
自分だけは大丈夫と思っていた。

好きなものを食べ、好きなものを飲み、
自分だけは好きなように生きられると思っていた。

自分の身に何か起こるなんて、
微塵も思わなかった。

もう少し悪くなったら、
真剣に治療すればいいと思っていた。

そして、あたった。

もう少し悪くなったら、
は、間に合わなかった。

健康な時は、花形の営業部隊。
バリバリの営業所長で、業績抜群。
でも、部下はついていけなくて、
ついてこれないやつはいらん!なんて言ってた。

飲み会の後上機嫌で、
部下を連れて、突然家に帰り、
妻を驚かせたことも懐かしい。

5時半の定時には退社する。
来た道を戻り新宿駅から、
最寄り駅まで帰ってくる。

帰りに総菜を買って帰る。
ある日は、魚屋で刺身を買い、
ある日は、肉屋でメンチを買う。

買った品物は手に持てない。
左手は動かないし、右手にはステッキだ。

彼は器用にも、肩に袈裟懸けにかけたカバンのベルトに、
フックを付けてそこに買った品物のレジ袋をかける。

そうやって、またとぼとぼと社宅まで戻るのだ。

社宅に帰っても、明かりはついていない。

2年前のあの日。
妻は出ていってしまった。

病気のせいとはいえ、
あんなに無下に扱わなければよかった。
自分の体が動かないのが腹立たしく、
当たり散らしてしまった。

一人息子はすでに独立していた。
息子に頼ることもできない。

自分で自分の夕飯の準備をして、
一人寂しく食べる。

2年もたつと一人でやるのも慣れてくる。
でも、寂しさは慣れない。

そして、一日が終わる。

定年退職が迫っている。
第二就職ができるのか。
社宅に住み続けられるのか。
老後はどうしたらいいのか。

不安は尽きない。

もし、あなたが彼だったら、どうだろう。
あなたは、こんな生活は望まないだろう。

でも、

何かあったら対処すればいい。
何かあったら医者が助けてくれる。
何かあったら薬がある。

こんな気持ちがどこかにないだろうか。

何かあったら、で間に合うだろうか。
何かあったら、で取り返しがつくだろうか。
何かあったら、で元にもどるだろうか。

ぼくだったら、

何もないときに対処すべきではないか。
何もないときに何かをしておくべきではないか。
何もないときに考えるべきではないか。

こんなふうに思う。