グルテンフリーで症状が改善した物語その5

消化不良や疲れに悩まされていた男性に、
突如襲った不調。
原因はグルテンだった。

家族の協力があって、
さみしい思いもせず、
順調によくなった男性の話。

グルテンフリー物語―ライアンの場合―

ぼくのセリアック病の経験は、
典型的でもあり、
典型的でもなかった。

その時はわからなかったけど、
10年近くも、
セリアック病によくある、
消化不良や疲れに悩まされていた。

ぼくは、
ストレスや不規則な食事が原因と、
思っていた。

ぼくの体が、
グルテンでゆっくりとむしばまれていた、
なんて思いもよらなかった。

ある日仕事中に、
ぼくの体は、
ある意味「シャットダウン」してしまった。

大きな音で、耳鳴りが始まり、
左の耳が聞こえなくなった。

平衡感覚を完全に失い、
脳は、まるで、
頭蓋骨の中で小刻みに揺れているような感じがした。

あたかも、貨物列車に乗っているかのようだった。

かかりつけの医者は、
耳の聞こえが悪くなったのを気にして、
耳鼻科の医者に紹介してくれた。

それから、神経内科の医者にも紹介してくれた。
しかし、神経学的検査では、
症状の原因はわからなかった。

最終的に、
セリアック病の検査を受けた。
それで診断がついた。

本当に救われた。

症状に理由があり、
そして何よりも手立てがある。

それからというもの、
ぼくはグルテンフリーでやっていて、
元に戻したことはない。

診断がつくと、
妻とぼくはすぐにキッチンにいって、
グルテンが入っていて食べられないものを片付けた。

完全にグルテンをやめると、
本当にすぐに調子が良くなり始めた。

体にエネルギーが戻ってきて、
消化不良もよくなった。

6週間後には、
平衡感覚や耳鳴りも良くなり始めた。

ときに、
理由もなく、
症状が再発することもある。

妻もぼくも、
何が悪いのかわからなかったのだが、
よくよくチェックしたら、
キッチンの中で、
ほんの少しのグルテンの混ざりこみがあると、
症状が再発することがわかった。

調理器具をきれいにして、
ぼく専用のキッチン用品を買ってきて、
ぼく用のグルテンフリー食材を入れる戸棚を一つ決めた。

そして、食品ラベルをよーく読むことを学んだ。

最初から、
妻も三人の子供も、
グルテンフリーの食事をぼくといっしょにしていた。

妻も子供たちも、
グルテンが入っている食べ物を家で食べていたが、
家族そろっての食事では食べていなかった。

最近になって、
家族全員グルテンフリーにすることに決めた。

家族全員がグルテンフリーになれば、
少量のグルテンでも混ざりこむことがなくなるのだ!

子供たちの順応性の高さに驚いた。
グルテンフリーワッフルでも、
グルテンフリーチップスでも、
その他のグルテンフリーメニューでも、
全然気にしていないみたいだ。

ぼくの友達も協力的だ。

最初、友達に、ぼくの体調や、
食べられるものを教えなくちゃならなかった。

時間がたって慣れてくると、
ぼくが食事に来るときは、
料理をグルテンフリーにしてくれるようになった。

診断されてから一年がたった。
何年間も悩まされていた時に比べると、
ずっと健康になったと感じる。

元の食事が恋しくなったりはしない。
ただ、いろんな種類の、
国産や輸入のビールが飲めないことはさみしいが。

でも、それを犠牲や重荷とは思わない。

グルテンフリーは健康を取り戻してくれた。
グルテンフリーは世界中のビールやパンやパスタ全部の価値がある!

ライアンがラッキーだったのは、
耳鼻科や神経内科にすぐ紹介され、
疑わしい病気がどんどん否定されたこと。

そして、すぐにセリアック病が疑われて、
検査がされたこと。

さらに、家族の協力に恵まれた。
診断されるや否や、
グルテンフリーの環境にし、
うまくいかなければ、
少量の混じりこみを完全に排除する手立てもうった。

混じりこみのことを
クロスコンタミネーション cross-contaminationという。
本当にセリアック病であると、
ほんの少量でも混ざりこむと、
症状がでる。

子供たちもすぐに順応して、
一家全員がグルテンフリーの食事でも、
なんの文句も出なかったところが、
とても恵まれていた。

ライアン自らが、
さみしいと思っている、
地ビールや輸入ビールが飲めないことだけが、
マイナス点だが。

だが、健康は何よりも大事で、
世界中のビール・パン・パスタと引き換えてもいい!
と言うほどだ。

 

今日はこのへんで。

面白かったら、シェアをお願いします。

LINEで送る
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です